半可通素人の漂流

哲学から魚のお話まで。半可通素人が書き散らかすネットの海を漂流するブログ。

グノシー≒反宇宙的二元論?というひねくれ論

 前回の記事(身近に転がっている二項対立の罠に気をつけよう - 半可通素人)で書いた二項対立から、更に話を広げます。

 

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photo by Kyoshi Masamune

 

二元論という古くからの思想

 二項対立としてよく挙げられる「善か悪か」という考えは、古くから人の思考の対象になってきました。善か悪かという対立はしばしば光と闇、神と悪魔に象徴され、善なる神を世界の創造主や現世の苦しみを救ってくれる存在として信仰の対象とする宗教が世界各地で発展しました。
 
 この善と悪のように、ものごとを2つの相反する原理に分解して考えることを二元論と言います。相反する原理には少し考えただけで精神と物質、主体と客体、意識と無意識、陰と陽、美と醜、秩序と混沌、創造と破壊、アリとキリギリス、ケイコとマナブなど大変多くの例が挙げられます。(二元論 - Wikipedia
 二元論に関して、古くはプラトンアリストテレスなど多くの哲学者が思想を巡らせてきました。二元論として最も有名なのが「我思う、ゆえに我あり」で知られるデカルトの実体二元論で、この世界にはモノとココロという本質的に独立した2つの実体がある、とする考え方です。哲学を知る上で、二元論は避けて通れない命題です。
 他にも善悪二元論、聖俗二元論心身二元論、性質二元論、陰陽思想など多岐にわたりますが、これらは大まかには原理の対象を何に置くか、によって分かれていると言えます。
 

二元論は世界の理解にも繋がる

 二元論は、哲学に加えて先に述べた宗教にも大きな影響を与えており、例えば善悪二元論はしばしば絶対的な善としての唯一神を崇める一神教に行き着きます。また一神教ではないとされていますが、古い歴史を持つことで知られているゾロアスター教の教義は善と悪の二元論を特徴としています。
 その一方で、日本人は万物に神を見出し、古くから八百万の神を信仰しているとされています。そのため、二元論を源泉とする思想や宗教についてはあまり馴染みが無く、感覚的にも理解しづらい面があります。しかし世界においてはキリスト教イスラム教などの一神教が広く信仰されており、また日本においては(建前上)政教分離の原則がとられていますが、海外ではキリスト教イスラム教を国教として定めていたり、宗教政党が存在する国もあります。そうしたことから、諸外国における思想や文化を知り、理解する上で二元論は重要な概念であると言えます。

 

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photo by h.koppdelaney

 

グノーシス主義≒反宇宙的二元論なる思想

 このように、実は私達の思想と社会に深く根ざしている二元論を追って行くと、「反宇宙的二元論」という何やら不穏な名前の思想を見つけることができます。これは、現在我々が生きているこの世界を悪の宇宙、あるいは狂った世界と見て、原始には真の至高神が創造した善の宇宙があったと捉える世界観です。こうした世界観を一般的に持つ思想をグノーシス主義といい、その影響を受けた代表的な宗教としてマニ教があります。

 小難しい話が続いて眠くなってきそうですが、この多くの人にとって馴染みのないグノーシス主義という言葉も、実は最近の日本で目にする機会があったりしました。

 

グノーシスに由来するグノシー

 皆さんはグノシーというニュースまとめサービスが少し前にCMでよく流れていたのを覚えているでしょうか?今は下火になった感がありますが、このグノシーに取り上げられてブログのアクセス数が急増することをグノシー砲と言うらしいです。

 そのことはどうでもいいのですが、このGunosy(グノシー)という名称は、「Gunosis(グノーシス)」がギリシャ語で「知識」を意味することを由来としているとのことです。東大出身の3人が開発したソーシャルニュースアプリというあたり、知的な雰囲気をぷんぷん漂わせています。

 

 しかし先程のグノーシス主義≒反宇宙的二元論という話を受けると、「現在我々が生きているこの狂った世界において、真の至高神が創造した善の宇宙を目指す」というような厨二秒的な隠れた目的があるんじゃないかと穿った見方をしてしまいそうです。半ばいちゃもんに近い、ひねくれた見方ですが。

 
 

 ともあれ、近頃気になっている二元論から始まり、グノーシス主義に至るまで思いつくまま書いてきました。

 より突っ込んだ話は煩雑になる上、まだ勉強中なので割愛しますが、どうやらグノーシス主義キリスト教との関係における文脈で語られることが多く、欧米社会の根幹にあるキリスト教思想を理解するために欠かせないものだという気がしています。