半可通素人の漂流

哲学から魚のお話まで。半可通素人が書き散らかすネットの海を漂流するブログ。

結婚式に出てくる外国人神父は大体が偽者でそれは多分憲法が変わったせい

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■ 夢見る結婚式の夢のない裏側

   人生のうちある時期になると、周囲の友人知人の結婚が重なり高い頻度で結婚式に出席することになるという話をよく聞きます。ご祝儀が重なりいわゆる寿貧乏と言われる事態に陥ることも…。そんな嬉し哀し?の結婚式事情ですが、ウェディングドレスは女性の憧れということもあり、日本においては多くの人がキリスト教の教会でキリスト教式の結婚式を挙げます。無宗教が多いとされる日本人も、この時ばかりは神に生涯の愛を誓う訳です。ここでは結婚式を執り行う中心的な役割として神父がその任を担いますが、大抵は外国人の神父がしかつめらしく登場し、英語や片言の日本語で式を進行して雰囲気を嫌が応にも盛り上げます。

   しかし身も蓋もない話をすると、実は結婚式場に併設されている教会の場合、そこは正式な教会ではなく、従って神父もアルバイトのお雇い外国人、つまり偽者の場合が多いということをご存知でしょうか?女の一生の夢を壊すのか⁉︎野暮なことを言うな!と怒られそうですが、多くの人がキリスト教と思っている結婚式は実際はキリスト教だったというなんともトホホな裏側だった、ということです。私もご多分に洩れずあの神父は本物と思っていたクチなので、これを知った時は何だか落胆しました。

 

■ 神父とは何者か

    宗教に無関心、あるいは寛容な日本人だからこその事態と言えなくもないですが、そもそも私達の神父に対する理解というものはどれ程正確なものなのでしょうか。何となく「教会にいて神に仕える聖職者であり、神の教えを説いたり聖書のありがたいお話をしてくれる人」などといったあたりが関の山でしょうか。

   少し突っ込んでみると、キリスト教にはカトリックプロテスタントという2つの大きな教派があるというのはご存知の方も多いと思います。ものすごくざっくりと分けると、カトリックは伝統尊重主義、プロテスタントは聖書主義と言われます。考え方として、カトリックは神>教会>聖書>信者の順に影響力が強いとしています。対してプロテスタントは神>聖書>教会・信者という順番になるそうです。

   そしていわゆる神父というのはカトリックにおいて神と信徒の仲介役となる存在で、聖職者としての職名は「司祭」(神父は呼称)です。一方のプロテスタントには聖職者はおらず、俗人である教職者が「牧師」として聖書の教えを説きます。これだけでも、日本人が結婚式でイメージする神父という人は厳密には少し狭い範疇に定義される存在と言えそうです。

 

Pope Francis - Caricature

 

■ どうしてこうなった

   これ以上の詳細はここでは留めて、では何故日本ではこれ程までにキリスト教的な結婚式が一般に広まり、多くの「偽者神父」が活躍しているのかという背景について考えてみます。

   かつて、日本において結婚は家同士が結びつくものであり、家の中で大きな権限を持っていた戸主が認めないと結婚そのものができませんでした。「家」の縛りが今よりもずっと強く、家の格を重視したお見合い結婚が主だったため、顔も知らない相手と結婚するなんてことも割とあったようです。そして家同士の繋がりであったために、結婚式も両家が集まってお披露目をするということで自宅や料亭などで行われていたそうです。

   これに変化が訪れたのが戦後です。国家の最高法規たる憲法が改正され、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」するとなりました(憲法第24条)。戦後の急激な国家体制の変化の中で結婚から「家」がすっぽり抜け、夫婦となる2人の意思だけで結婚できるようになりました。因習めいた家の束縛から解放され個人の意思が尊重される、と言うと近代的で聞こえが良いですが、反面結婚という人生の一大事に際して後ろ盾が失われたような格好となったのです。

   大きな決断の時には何かにすがりたくなるのが人情。神という絶対的存在に誓いを立てれば何だか安心した気分になれます。ここからは推測ですが、こうした状況と、明治以降の欧米文化の導入、ウェディングドレスという分かりやすい憧憬の対象、そこに目をつけたブライダル業界の思惑?などの要素が相まって教会で神に誓うキリスト教的な結婚式が広まったのではないかと想像されます。旺盛な結婚式需要に供給側が応えきれずに、偽者神父が粗製濫造されたという側面もあるかもしれません。

 

■ イメージに踊らされないように

   神に誓う結婚式と言えば、日本には伝統ある神道式があるじゃないか!という意見を持たれるかもしれません。しかしこれも実は明治の末頃にキリスト教式を模倣してできたもので、さほど伝統的ではありません。関連して、お正月に神社に初詣に行くというのも明治以降の風習であり、伝統ではありません。皆さんが初詣で投げ入れるお賽銭だけでかなりの収入になると思うので、神社もうまいことやっているなと思ってしまいます。また最近相撲の巡業で土俵に女性が上がったのなんだので揉めていましたが、女性が土俵に上がるなというのも明治以降の話で全く伝統ではありません。話が逸れてしまいましたが、外国人神父=本物、宗教=伝統、といったようなイメージだけで判断するといいように踊らされちゃうよ、ということです。

 

   以上、結婚式業界の関係者の方にとっては不都合かもしれない、かつ多くの方にとっては無粋かもしれないことを書きましたが、今後結婚を考えていらっしゃる方がいれば少しばかり参考にされても良いかもしれません。なお格式の高い式場やホテルでは、正式な神父を呼んで式を執り行っている所もあるそうなのでこちらもご参考ください。

 

Ceremony




 

 

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