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半可通素人の漂流

哲学から魚のお話まで。半可通素人が書き散らかすネットの海を漂流するブログ。

「知らないこと」の壁は高くて厚い

   まずはこちらを読んでみてください。

 

fuhouse.hatenablog.com

 
   ネットでたまたま見かけたブログですが、淡々とした語り口の中に日本社会における「見えない格差」を含めた様々な問題点が浮き彫りにされています。
 
   学歴によってその後の人生の選択肢と得られる収入が大きく分かれること。そして子供にとって自身の将来を左右するそうした差が、「親が学歴によって将来の選択肢が変わってくることを知っているか」によって決まってしまうこと。都市圏にいると実感されにくいですが、地方に住んでいるとまず自宅から通える範囲に高校がない、大学なんて尚更という現実があります。そして親世代にとっては地元で中学なり高校を出て就職することが自然なことであり、むしろそれ以外の選択肢があることを知りません。
 

   まず親が学歴による将来の選択肢の格差を知っているかどうか、そしてその選択肢を用意してあげられるかどうかによって、知らないうちに子供の前に見えない大きな壁を作ってしまう可能性があるという現実は、自分が親の立場になることを考えると恐ろしい気がしてきます。

 
“私と同級生達の人生はそこでめちゃくちゃ分かれた。”
 
   子供は環境を選べません。ですが人は環境によって左右され、子供の環境は親が用意してあげないといけません。子供が大きくなるにつれて用意できる環境の選択肢が増え、徐々に子供自身が環境を選ぶようになっていきますが、「その子にとってベストな環境を選べる」舞台をまず親が提供できるかどうか。ブログ筆者氏は、たまたま親が学歴によってその後の将来が左右されることを知っていたので同級生達との人生が分かれたと書いています。この「たまたま」で人生が左右されてしまうのが恐ろしいと感じます。
   もちろん地方の暮らしがダメで都会バンザイと言っている訳ではありません。良い悪いの問題ではなく、子供にとっても親にとっても「知らないこと」が人生に大きな影響を与えることに改めて気が付いたということを言いたいです。そもそも日本に生まれた時点で地球上でもかなり恵まれた環境にいるということに感謝しなければならないのですが。
 
“別に勉強をサボったとかそういう話ではなくて、それ以前にあまりにも多くの環境の差がそれぞれにあり、それは金銭的なもの、地理的なもの、それから出自のこと、あまりにもそれぞれで、多分大学に進学するというただそれだけのことにも、ものすごい大きな壁がある。”
 
   かつては地方と都市間での人や情報の行き来が多くなかったので、その土地で生活しその土地で人生を終える「外のことを知らない社会」が成り立ってきました。しかし社会の変遷に伴ってモノ、人、情報の流れが大きくなり、地方にいても都市部の生活を知るようになりました。それこそ知らなければ、「知らぬが仏」でそれはそれで良いでしょう。しかし一度知ってしまえば元には戻れません。
 
“ほんの些細な運に左右されて私達の人生はあまりにもきれいに決められてしまっているように感じる。「選べるか、選べないか」。私と地元の同級生の生活を分けたのはただそれだけの、あまりにも本人にはどうしようもない環境の違いだけだ。”
 
   この指摘が現実であり、人生において誰にでも存在しうる壁です。
 
   一方で現状のままで情報のみが拡散すれば、都市に若者が集中し地方が衰退する傾向にますます拍車をかけることになります。地方創生が叫ばれている中、地方が賑わいを取り戻すにはこうした「機会選択の平等」も担保しないと人は戻ってこないであろうことを考えると、難しい問題なのだと思います。
   
無知の知」という言葉がありますが、「私は知らない」ということを知るうえで、この文章は多くのことを学ばせてくれます。
 
 
 
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