半可通素人の漂流

哲学から魚のお話まで。半可通素人が書き散らかすネットの海を漂流するブログ。

脳髄に捧げる幻魔作用(ドグラ・マグラ)

   … … … …ブウウ ― ― ― ― ― ―ンンン ― ― ― ― ― ―ンンンン … … … … … … 。
   「 … …お兄さま 。お兄さま 。お兄さまお兄さまお兄さまお兄さまお兄さま 。 … …モウ一度 … …今のお声を … …聞かしてエ ― ―ッ … … … … 」
   スカラカ 、チャカポコ 。チャカポコチャカポコ … …
   … …ブウウウ … … … …ンン … … … …ンンン … … … … 。

   という本です。

◆読むと精神に異常をきたす本

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)


   有名な本なので聞いたことがある方も多いでしょう。読むと精神に異常をきたすとか言われているので、知名度の割に実際に読んだことのある方がどれくらいいるのか気になるところです。かくいう私も手を出さずにいたのですが、怖いもの見たさも手伝って読んでみました。日本三大奇書の1つと言われているだけあって、内容は奇妙奇天烈、複雑怪奇な趣向です。冒頭の抜粋を見ていただいただけで雰囲気は伝わるかと思います。

   主人公の男は大学病院の精神病棟で目を覚まします。しかし記憶が一切無くなっており、自分の名前すらも思い出せません。そんな主人公の前にこの大学病院の医学部長である若林博士が現れます。博士曰く、主人公はある重大な犯罪事件に関わっており、自身の記憶を取り戻す事が事件解決の大きな鍵を握っているとのこと。そして若林博士の前任であり、「狂人の解放治療」という壮大な実験を行っていたが自害した正木博士という人物が遺した研究資料が記憶を回復するきっかけとなるだろうと言い渡されます。正木博士の資料に目を通す主人公ですが、それはとても普通の文章とは言えない奇妙なものでした。更に主人公の前に自害したはずの正木博士が現れ…。

   古い漢字や仮名遣いが多用されているので、お世辞にも読み易いとは言えない体裁です。これだけで読者を遠ざけてしまっている感が否めません。また、不可解な記述が延々と続く中盤に話の先が見えず、読むのを諦めてしまいそうになります。しかしそれを乗り越えると終盤で物語がきちんと展開します。

唯物論と観念論

   話は人間の精神というものの不可解さ、業の深さ、そうしたものは人の身体のどこに由来するのか(脳髄という言葉が繰り返し出てきます)といったことを巡ります。私が興味を引かれたのが、正木博士の言を借りて、世の中の科学技術と言われるものが唯物論に偏り過ぎており、観念論の重要性が蔑ろにされていると作者が批判していると思われる点です。

   唯物論と観念論とは、哲学の分野でよく使われる対義的な概念です。大雑把に言うと、観念や精神、心などの根底には物質があると考える唯物論に対して、精神の方が根源的で、物質は精神の働きから派生したとみるのが観念論です。

   認識論などにおいても、例えば人間の個性について考える時にどちらの立場を取るかで考え方が違ってきます。唯物論では、人間にはもともと個性などなく、生まれた後に形成され発展していくものであるとします(精神とはあくまで後から派生する)。対して観念論では、個性は先天的に持って生まれてくるものであり、もとより備わっていると考えます(精神的なものが先にあり、それが肉体に宿る)。世界の在り方をどのように見るかという大きな問いに対する解釈の違いなので、容易に答えが出るものではなくこれだけで幾つものことを議論の俎上に上げなければいけません。私もまだまだ勉強不足です。ですが簡単に済ませると、個性の例を見るに世の中一般としては観念論が優勢であるように思えます。

   私見ですが、観念論は精神がもともとあるものとして考えるので、色々な事の説明が比較的簡単に済んでしまいます。よく分からない個性という問題も、それがもともとあるものとしてしまえばその構造や成立過程をそれ以上追及しなくていいからです。一方唯物論は観念や精神を前提にしない分、物事の構造や成り立ちを徹底的に暴かなければならず、より厳密さを求められる厳しい立場です。人は楽をしたがるのでつい観念論的に思考しがちですが、学問として広く一般に役立てる論を打ち立てるならば、唯物論の立場から説くのがより本質的ではないかと思います。

   とは言うものの本作は精神の不可思議さを主題にしているので、観念論を重要視するのは必然でしょう。

   もう1つ興味を引かれたのが、本筋とは関係ありませんが、幽霊などのいわゆる心霊現象と呼ばれるものは人の精神活動の結果起きる類ものである、と書いている点です。幽霊の正体見たり枯れ尾花、病は気から、などと言いますが、霊的なものを人の精神が引き起こした現象と考えている点に新しさを感じました。

   難しい本ですが、話のタネと脳髄の肥やしに一読してみるのも一興です。

   しかしブウウ……ンン……ンンン…なんていう時計なんてあるんですかねと思っていたのですが、どうやらモデルとなった時計が存在するそうですね。

◆というわけで

   新年明けましておめでとうございます。今年一発目がこれかよ!という記事ですが、読んだことがネタになるというインパクト重視で書きました。少し精神がおかしくなっているのかもしれません。
   本年もマイペースですがやっていこうと考えていますので、拙ブログを宜しくお願い申し上げます。