半可通素人の漂流

哲学から魚のお話まで。半可通素人が書き散らかすネットの海を漂流するブログ。

書くこと=感覚を濾過していくこと(その4)

 

◆いい文章は例えが上手い

 書くことの具体的な方法論について述べています。
 
 世の中に溢れている文章を読んでいると、腑に落ちる文章、納得性の高い文章とは「例えが上手い」ということに気が付きます。誰もが知っている普遍的な例えに置き換えることができると、分りにくい概念や取っ付きにくい内容でも読み手の中に感覚の再現も含めた理解を呼び起こすことができます。「あーそれなら分かる!そういうことね!」という理解を相手に起こすということです。
 
 難しい内容をそのまま言語化することに頭をひねるよりも、何かで例えた方が分かり易い上に省エネになるという点もあります。また、書きたいことを何かで例えられないか考えていて、上手い例えを思いついた時はしめしめという満足感を味わえます(私だけでしょうか)。難しいことを上手に表現できる人にも憧れますけどね。
 会話でも、例えが上手な人はそれだけで何かコミニュケーション力が高そうに見えます。
 

◆サルでも分かる文章を書こう

 そしてこれは個人的に重要だと思っていることですが、私は普段から「サルでも分かる文章」を心掛けています。
 難しいことを難しく書くのは半可通だと思っているので、難しいことでもいかにサルでも分かるレベルに噛み砕けるかを意識して文章を書きます。サルを相手に分かるように書くのは大変ですが、ここが頑張りどころです。(今自分に対して盛大なブーメランを投げました。)この噛み砕きをする時、これまで述べてきた語彙と言い回しの強化、対象の構造に立ち入ること、例えに置き換えることが有効な手段になるので、これらを体得できると心強いです。
 なお、仕事で書く書類などはまた趣が異なる場合があるので、ここではそれとの使い分けを前提として話をしています。
 

◆量質転化で定着を

 以上の方法論を踏まえた上で書いていくと書くことが上手になりますが、これらを自身に定着させるには量を書くことが必要です。量を書いていくと、ある時量が質に変わります(弁証法の量質転化:量質転化についてはまずは雑巾掛け、皿洗いから。:量質転化で自分を変えられる - 半可通素人をご参照ください)。思考が鍛えることで強化されるのと同様に、書くことも鍛えることで強化されます。
 ただしこの時注意しなくてはいけないのは、ただ闇雲に書くのではなく、目指すべき「ありたい姿」に向かう努力をしながら書くことが必要です。向かう方向のない努力は徒労感が大きいですし、ただの作業になってしまうことが多いです。
 
 こうしたことを実践するのに、ブログは良い練習台になります。ブログで公開するということは他人の目に触れるということが前提になります。これまで挙げてきたことを考えながら、なおかつ他人に読まれることを意識して書くにはうってつけです。だから皆さんブログをやりましょう。毎日家と職場あるいは学校の往復の繰り返しで、帰ったらテレビを見るかスマホやパソコンでネットサーフィン、あとは寝るだけで頭を使っていないなあと感じている人は是非やるべきです。
 
 
 考えて書く、と言葉では簡単です。しかしいざやろうとするとなかなか難しいものです。したがって例えば日々の記録を題材にした場合、事実だけではなくその時思ったことや、後から考えたことがあるはずなのでそれをなるべく詳しく書いてみることあたりから始めてみると良いかもしれません。恥はこの際捨てましょう。あとは時事ネタの分析なども自分の考えを書くには良い題材になりそうです。
 
 それでもネタがない!という人にはICHIROYAのブログ様の以下の記事が勉強になります。


アイディア欲しけりゃ、単純作業をするか森へ行け - ICHIROYAのブログ

 
 このブログ主であるIchiro Wada氏は3年間毎日ブログを書いていらっしゃり、その内容も勉強になるものばかりで、陰ながら尊敬しています。
 以下の記事などはブログ書きにとってはとても示唆に富むお話です。


「毎日ブログを更新すること」ではなく、「毎日欠かさずに書くこと」を続けたい - ICHIROYAのブログ

 

◆牛歩思考だから泥臭いんです

 ここまで長々と書くことについての考えを述べてきました。書くこととはどういうことか、から始まり、書く上での具体的な方法や心掛けをある程度はまとめられたかなと思います。あまり効率的とは言えない内容ですが、センスで書ける人は何も言わなくても良い文章を書きます。羨ましいことに。私は1を聞いて10を理解できる賢さはもちろん無く、1を聞いて5を理解できるセンスも無く、1を聞いて3を理解する先読みすらままならず、1から10まで噛み砕かないと理解できない牛歩のごとき思考回路なので、こういう泥臭い手法でないと太刀打ちできないというのが根本にあって今回の話になっています。

 そのため、文章を書くのに時間が掛かるというのが欠点であり悩みの種です。また書きだすとあれもこれも盛り込みたくなるため、文章が長くなります。これらは、量を書いていけば先程の量質転化で簡潔でも中身の濃い文章を書けるようになれればいいなと思っています。

 

 書くということは奥が深く終わりがありません。ここに挙げた他に、書くための方法論については本が沢山出ているので、それらを読んでみるのもまた違った発見があるでしょう。

 

誰も教えてくれない人を動かす文章術 (講談社現代新書)

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 凡庸は罪!!

 
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